東京旅行記(靖国神社・遊就館・防衛省) 
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9月23日・24日と東京旅行に行ってきました!
主な目的地は靖国神社と防衛省。追記よりレポです。



【 9月23日 】

この日のメインは「靖国神社」「遊就館」ですが、その前に気になっていた「行ける工場夜景展」へ↓

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無機物+光の組み合わせが好きで、近未来的なものが大好きな一之瀬ほいほいの写真が
沢山展示されていました。中は狭めではありましたが、じっくり何度も写真を見て堪能してきました。
そして写真集も資料として購入。

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写真展を後にし、メイン目的地の靖国神社へ。
菊花紋の装飾がある靖国神社の門扉。これを見ただけでも身が引き締まる想いです。

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参拝後は少し進んだ先にある遊就館へ。

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▲ 1階の玄関ホールには零戦(52型)の模型や
零戦(21型)に搭載されていた二十耗機銃が展示されていました。

展示室は22部屋の展示室+2つの映像ホールで構成されていて、靖国神社が創建された時代から
大東亜戦争までの記録や展示物が数多く展示されています。
現在だと「靖国神社=大東亜戦争の英霊達の祀られる場所」というイメージが
強いのではないかと思うのですが、展示品の比率的にもやはり大東亜戦争のものが多かったですね。
日清日露戦争のものもそれなりにはあったのですが。

思った以上に展示物の質・量共に素晴らしく、遊就館が案内している120分コースでも
120分以内には回りきれず、午後1くらいから閉館時間(午後4時30分)ギリギリまでいましたね…。
戦死された方々の遺品や遺書、戦死された方のご家族等が向けたお手紙も沢山展示されていましたし、
数多くの遺影も壁のあちこちに祀られており、とても言葉になりませんでした……。
一之瀬以外にも涙ぐんで鼻を啜っている方も数人……。
靖国神社も遊就館も年に1度は訪れたい場所になりました。また来ます。

靖国神社を後にし、ホテルにチェックインして少し身体を休めた後、夕飯や翌日の朝食の買出しと共に
明日訪れる防衛省までの道のりもチェックし、SPECをぶっ通しで見てこの日は就寝しました。

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【 9月24日 】

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やってきました防衛省
防衛省では平日のみですが午前と午後に1回ずつ、省内を巡ることの出来る
市ヶ谷台ツアーがあるのです。
…防衛省内が見られるなんてこれはもう行くしかないじゃないですか何言ってるんですか……(奮)
予約の際、午前・午後両方申し込む気満々だったのですが、この日の午後は既に予約がいっぱいで、
午前しか予約出来ませんでした……。ここだけが心残りっ……!
でもまた来ます。勿論来ます。

―さて、正門前で受付を済ませてツアー開始。正門からすぐ先にあるエスカレーターを上っていきます。

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▲ 庁舎A・B・C棟や儀仗広場の説明を受け…

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▲ 市ヶ谷記念館へ

市ヶ谷台は元々1656年、徳川御三家の1つである尾張徳川家第2代光共公が
上屋敷を築いた場所でした。
その後、明治維新後の1874年、京都兵学寮が市ヶ谷台に移転。
1937年に陸軍士官学校本部として1号館が建設され、士官学校本科が神奈川県の座間へ移転、
1941年に予科士官学校が埼玉県の朝霞に移転され、その代わり、市ヶ谷台に置かれたのが
大本営陸軍部、陸軍省、参謀本部でした。

大東亜戦争後の1945年に米軍に接収され、極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷として利用されました。
その後1960年に返還され、陸上自衛隊東部方面総監部、陸上・海上・航空自衛隊幹部学校等として
使用されました。
そして平成12年、防衛庁が六本木から現在の市ヶ谷へ移転されたのでした。

記念館に入ると…
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▲ 旧1号館のシンボルだった桜と防衛庁時代の標札が展示されていました

更に奥に進むと…
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▲ 大講堂
この大講堂は、あの東京裁判の法廷として使用されたことで有名な場所です。
当時「現人神」として神格化されていた陛下に対する配慮が様々なところで見られる場所でもありました。
陛下専用の階段にも日本人ならではの工夫がありまして……。

2階に上ると旧陸軍大臣室がありました。
ここは「三島事件」が起こった場所ですね。
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▲ 三島氏が演説を行ったバルコニー

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▲ 警官隊と斬り合いになった際につけられた刀傷のひとつ
(写真が荒くて済みません…;丁度緑のライトのすぐ上にある白い部分です)

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▲ 大本営陸軍部標札もありました

続いて旧便殿の間へ。
ここは仕官学校時代、陛下の休憩所として使用されていた部屋です。

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当時、空調設備がよろしくなく、少しでも陛下が快適に過ごされるよう、壁や扉は厚めに作られ、
中が空洞になっているそうです。
夏場、地下から冷えた空気を送風機で上へと送り、この厚めの壁やドアの空洞部分を伝い、
冷えた空気が通風孔を通り、室内に流れ込んでくるという仕組みなんだそうです。
暗くて分かりにくいですが、2枚目の写真のドア上部の左右にその通風孔があります。

記念館の後は隊舎、厚生棟へ。
厚生棟は市ヶ谷に勤務する職員の福利厚生及び健康維持の為にある施設で、
セブンやスタバ、売店等がありました。
ここで15分間の休憩があり、まずは友人へのお土産を買い、後はのんびり周囲を眺めていました。
自衛隊員さんもあちこちにいて、中には10代の少年達や外人さんも。

15分間の休憩後は屋外ヘリ展示場へ。
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▲ 多用途ヘリUH-1H 「ひよどり」
「ひよどり」は昭和52年に取得後、中部方面ヘリコプター隊を始め、様々な部隊で使用され、
西部方面ヘリコプター隊での任務にて使命を終え、平成14年2月19日に運用終了。
その後、平成15年から広報用航空機として展示されているそうです。

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▲ 前・後部座席

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▲ 操縦席にも座れます!年甲斐もなく大興奮です!!
操縦桿もしっかり握って来ました!!

ヘリの中は予想以上に狭く、天井も低くて移動が大変でした…。
他のツアー参加者さん達の順番もある中、頭や身体をぶつけながら必死に写真を撮ってきました()。
ツアーガイドのおじさまに「写真撮りましょうか?」と何度か問われながらも
大丈夫ですと答え、パシャパシャと…。
一之瀬本体は要らないんです。資料としての写真が欲しいだけなんでs...
ヘリの内部写真を何枚も撮っていたのは一之瀬1人だけで、後々になって少々恥ずかしかったですね…。
必死すぎだよ一之瀬さん……。

「ひよどり」の後はメモリアルゾーンとD・E棟の説明を受け、正門に戻ってツアー終了。
帰り際、ゲートを通る直前に案内役(防衛省広報部勤務)の1人の男性
(「ひよどり」で一之瀬に写真撮りますかと尋ねてくれた方…)に声を掛けられたのですが、
なんとこの方、私が現在住んでいる場所出身の方らしく、それで私に声を掛けてくださったそうで。
世間は狭いですねぇ。話しやすい方でさらに親近感が。嬉しかったです。

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今回は訪問先は少なめだったのですが、とても充実した旅行でした!たまらんです!
恒例となってしまいましたが……また来ます。何度でも来ます。

そんなこんなの東京旅行記でした。お粗末様でした。